読書感想文

ネタバレを含みます。

『空が灰色だから』

空が灰色だから」とは、阿部共実先生著の短編漫画集です。

その中から特に気に入った「お兄ちゃんが」という話の感想を書きます。



母親にお使いを頼まれた16歳の女の子・フブキ。目的地は陽子おばさんの家。ところが、フブキには何やら行きたくない事情がある様子。どうやら、そこの息子さんの直樹くんと昔何かあったようで………。








(以下ネタバレを含みます)









無事お使いを済ませたフブキは帰り道でばったり直樹と再会します。

ところが直樹の様子はどこか変。昔の姿と違い、黒かったはずの髪は白くなり、かけていたはずのメガネはかけておらず、冗談など飛ばさない真面目で面倒見のいいお兄ちゃんだったはずが、宇宙人がどうの、隕石がどうのと訳の分からないことばかり口走る、いわゆる「電波系」な青年になっていました。直樹曰く、「頭にメテオがぶつかった影響で目覚めた」とのこと。
「秘密基地に行こう」と言い出した直樹に手を引かれるまま、フブキは人気のない廃墟に連れ込まれます。彼女の記憶によれば、昔直樹と一緒に秘密基地を作ったことはあっても、こんなところで遊んだ覚えはありません。

「お前いくつだっけ」「16だけど…」「そうか。あ、ところでよ、お前っていくつだっけ」
正常な人間とはかけ離れた彼の問答に恐怖を感じたフブキは、彼が直樹を名乗る不審者なのではないかと思い至り、逃げ出します。しかし男は追いかけて来ます。慌てて逃げたフブキが段差に足を取られて転びそうになった瞬間、男は身を呈してフブキをかばい、彼女の下敷きになりました。
その時、彼女はふと、昔にも同じことがあったのを思い出しました。

彼女が高いところに登って遊んでいたとき、足を滑らせて落ちそうになったところを、そばにいた直樹がかばって下敷きになったのです。その事故で直樹は頭に大怪我を負ってしまいました。
それ以来、彼女は彼への申し訳なさで会えずにいたのです。

目の前の不審な男が直樹であると確信したフブキでしたが、「お兄ちゃん、ごめんね…!」と泣きすがる彼女に直樹が返した言葉は、「お前、いくつだっけ。アルプス一万尺する?」

フブキは、顔を覆って泣きました。





(以下感想)


文章ではわかりにくいですが、実際に読むと直樹の狂いっぷりがよく分かります。片目が外斜視になってしまっているデザインや、以前は端正な顔立ちをしていたのだろうと思わせる顔面の崩れ具合はむしろ魅力を感じるほどで、ぜひ実際に作品を見ていただきたいです。


フブキを守って脳に障害を負い、頭がおかしくなってしまった直樹。それでもあれして遊ぼう、これして遊ぼうとフブキを妹のように可愛がり、転びそうになれば本能的に守る理性が彼の脳には残っていると思うと、その兄属性っぷりに萌えずにはいられません。

あまりの豹変っぷりに、これは別人で、昔のままの直樹がどこかにいるのではと思いたくても、転んだフブキをとっさにかばうシーンで、彼は紛れもなく昔身を呈してフブキを守った直樹だと信じるほかなくなる展開は、秀逸としか言いようがありません。

声も無く泣くフブキの姿から、彼の人生を狂わせてしまった彼女の絶望がひしひしと伝わってくるようです。自分のせいで大好きだったお兄ちゃんが壊れてしまったと、この先ずっと自分を責めながら生きていくのだろう…



かく言う私も、過去に友人の頭に怪我を負わせてしまったことがあります。
私が小学二年生で、友人がその一つ下だったと思います。家の周りで走り回っていたら、その子が転んでコンクリートの角に頭を打ったのです。見たこともないような大量の血を流して泣く友人。その子はすぐさま病院に運ばれ、手当を受け、幸い特になんの後遺症もなく完治しました。

当時の私は、治ってよかった〜、程度にしか考えていませんでしたが、もしあの怪我がもとで彼女に取り返しのつかない後遺症が残っていたら……フブキは私だったかもしれません。



阿部共実先生の作品は、そういった読者のコンプレックスや、過去にしたけど忘れていた悪事、思い出したくない出来事なんかを容赦なく抉ってきます。どんなに元気なときに読んでも一発で気が沈むので、いつも読むときは気合を入れます。


今回感想を書いたのはこの話だけでしたが、「空が灰色だから」は他にも痛烈に心を抉ってくるお話が満載なので、気になった方はぜひ読んでみてください。


ありがとうございました。